福岡地方裁判所 昭和40年(ワ)895号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕そこで、本件家屋倒壊の原因につき検討すべきところ、<証拠>を総合すれば、倒壊前の本件家屋及び前示(ハ)の建物は相接して建てられていたが、いずれも古くなり、特に(ハ)の建物は二階建で、風雨の強いときは揺れが烈しく、北側にある便所の建物に鎖で引張つていた状態で、平家である本件建物に比して倒壊の危険が大であつたこと、しかし、前記日時における倒壊の状況は、同日午前六時頃先ず本件家屋が倒れ、次に二、三時間を経て(ハ)の建物が倒れたこと、同日は風雨は殆んどなかつたことが認められる。したがつて、当日(ハ)の建物の動揺が烈しく、又は先に倒れたため、これが本件家屋に倒れかかり、本件家屋も倒壊するに至つたものとは認められず、これに反する原告本人の供述部分は信用できない。
しかしながら、前示事実によれば二つの建物は共立することによつて、その命脉を維持していたものの、反面(ハ)の建物が長い間にわたり、風雨による動揺が強いため、本件家屋の各柱その他の結合部にゆるみを起させ、その倒壊の原因を促進させていたことは否定しがたく、前記日時頃には、もはや自立できない状態まで朽廃が進み、一方が倒れたので、他方も倒れるに至つたものと推認される。したがつて、本件建物は、いずれ近い将来自壊する運命にあつたとはいえ、(ハ)の建物に影響され、これにより朽廃が速められて、前記日時に倒壊したものと認めるのが相当であり、本件家屋が(ハ)の建物と無影響に自然崩壊したという被告らの主張は容れられない。
そうすると、本件家屋の倒壊に対し、(ハ)の建物が前記の如き状態で接触していたことが因果関係を有するとしても、原告主張は被告らが右(ハ)の建物を解体又は補修しない限り、被告らは本件家屋の賃貸人として債務不履行の責を免れないというのである。
しかし、賃貸借の目的物は本件家屋だけであるから、被告らとしては本件家屋を賃貸借契約当時の状況を維持し得る程度に補修すれば足りるのであつて、隣家(ハ)を解体又は補修すべき義務を原告に対して、負うものとは認められない。尤も隣家を解体又は補修しない限り、本件家屋の維持ができない特別の状況にある場合は格別、そうでない限り賃貸借の目的物以外の物についてまで、賃貸人に修繕義務があるとは解されない。しかして、右の如き特別な状態にあつたと認めるに足る証拠はなく、被告山崎清三郎尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件家屋の柱の一部腐蝕部分を取替え補強することによつて、(ハ)の建物からの前示認定の影響に耐え得るものと認められ、右作業を実施するためには、原告が本件家屋に格納していた薬品類を一時他に移す必要があつたので、同被告から原告に対して、この旨の申入れをなしたが、原告は右(ハ)の建物の解体又は小屋の設置を主張して、右申入れに応じなかつたことが認められる。
二、次に、原告は賃貸人たる被告らにおいて隣家の解体又は補修を怠つたため、本件家屋が倒壊して、原告格納の薬品類が毀損され、その価額相当の損害を受けたというのである。
およそ、賃貸人が賃借人に対して、その存続期間中、目的物を使用収益させること、したがつて右の使用収益に必要な修繕義務又は右の使用収益することができず、かつ修繕不能の場合に、瑕疵担保責任を負うこともあり得るが、それはあくまで目的物を使用収益させること(賃借人の側からは目的物を使用収益すること)、つまり本件家屋を倉庫として使用収益させることを中心とするものであり、これを阻害する事態の発生が、賃貸人の債務不履行を惹起し、その阻害の範囲に応じて、該債務不履行の内容も決定されることとなる。右の義務範囲を越え、又は右の内容に入らないものを以て、賃貸人の債務不履行ということはできない。
これを本件においてみれば、仮に本件家屋の倒壊が被告らの責に帰し、原告において爾后の使用ができなくなつたとすれば、この使用収益の阻害は、被告らの債務不履行と考える余地を残すものとしても、たまたま原告が、右家屋に格納していた薬品類が該家屋の倒壊によつて毀損されたという事実は、右にいう本件家屋の使用収益そのものを阻害することとは別の出来事である。これに対して被告らの責任を問うことは、債務不履行以外の責任体系に属することを問擬するものであつて、例えば被告らの不法行為責任を追求するものであれば格別(原告がこれを求めるものでないことは原告の明示するところであり、且つ本件では両請求権が競合する場合でもない)、そうでなく債務不履行による責任を問うものである限り、その損害は被告らが使用収益をさせなかつたことによる損害とは言えないから、被告らの賠償義務を是認することはできない。(平田勝雅)